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ロニー・ジョンソン LONNIE JOHNSON (Alonzo "Lonnie" Johnson)1899年2月8日:ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ
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ロニー・ジョンソンはジャズの初期の頃から活動をしているので、ルイ・アームストロングをはじめ、テキサス・アレクサンダーやビクトリア・スピヴィー、クララ・スミス、スペンサー・ウィリアムスなどの伴奏・録音もあります。ブルース・サイドから見ればブルースマン(シティ・ブルース)としてリスペクトされていて、カントリー・ブルースマンのロバート・ジョンソンや、アーバン・モダン・ブルースの元祖的なギタリスト「T・ボーン・ウォーカー」も影響を受けています。 最初の録音時期は1925年から1932年までで、「okeh レコード」にコンスタントに自身及び他者のバッキングを多く残しています。 しかし、1930年代は大恐慌で録音の仕事も無い時代で、多くの人は地方巡業等で生活していました。ロニー・ジョンソンも音楽を離れて、数年間を鉄道や炭鉱で働いていました。1937年から1940年代になり再度録音をし、「Tomorrow Night」「Pleasing You」のヒットなどで人気を博しましたが、1950年代になるとまた音楽を離れて、ホテルなどで働いていたようです。これだけのキャリアの実力者でもこのような状況ですから、当時の音楽家、特に黒人の場合は大変だったろうと思います。
また1960年代には、若い白人のフォーク・ファンの間で再度人気となりました。この頃にも名盤といえる録音を残し、ブルース・フェスティバルのヨーロッパ公演(右のAmerican Folk Blues Festival 1962-1966を参照)にも参加したりといろいろな所で活躍しました。1970年に亡くなるまで音楽活動をしています。 ジャズ界の第一人者「ルイ・アームストロング」のホット・ファイブでもギターを弾いたり、自分が歌う曲でギター1つで伴奏しながらソロのシングルライン・フレーズを弾いたりと、ジャズの初期からギターの存在を高める事に貢献した人です。 最初の録音である1925年の時から、ギターのテクニックであるチョーキングも多用していて、スムーズなシングル・ノートのソロは、後のアーバン・ブルースのギタースタイルを確立した「T・ボーン・ウォーカー」も影響を受けていると思います。 だいたい何でも弾ける人で、ブルース、ジャズ、バラードと素晴らしいギターを弾く人ですが、本人はバラード歌手としての評価を一番望んでいたようです。 |
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ロニー・ジョンソンの影響力シティ・ブルースマン、ジャズ・ギタリスト、バラード・シンガーという多様な面を持ち、多くの後進に影響を与えたロニー・ジョンソンですが、ちなみにアーバン・ブルースを代表するBB・キングとアルバート・キングのインタビューにおける「影響を受けた、あるいは良く聴いた人は?」の問いに二人は、下記の人達を挙げています。
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1925年の初録音から1932年までの録音
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1962年から1970年にかけて毎年秋、西ヨーロッパを股にかけて行われたフェスティバル。クラシック・ブルースからシティ・ブルース、カントリー・ブルース、アーバン・ブルースの貴重な映像を見ることができるDVDです。 ほとんどが伝説的な人ばかりです。Vol.1からVol.3までありますが、ロニー・ジョンソンはVol.1の5曲目に「Another Night To Cry」が収録されています。
American Folk Blues Festival 1962-1966 Vol.1 [DVD] [Import]
テキサス・アレクサンダーは自身では楽器を持たず、歌だけで成功したブルースマンです。ジャズ系の人が多くの曲でバッキングを付けていますが、ロニー・ジョンソンが最初の録音でバッキングをしています。
メリーランド州ボルチモア出身です。1923年にニューヨークに進出して、ワシントニアンズを結成します。このバンドにはデューク・エリントンも在籍していて、エルマーが脱退後にデューク・エリントンがリーダーとなり、エリントン楽団へと成長していきます。
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