T・ボーン・ウォーカーの影響が強い人ですが、器用な人でオールラウンドに何でも出来ました。逆にそれが強烈な個性を生めなかったのかもしれません。1934年には10代でメンフィスの「サン・レコード」からデビューしています。その後、セントルイスの「ボビン・レーベル」から「アイム・ア・ロンリー・マン」をリリースし、有名になってきます。
1960年代にはシカゴの「チェス・チェッカー・レーベル」でヒットを多数出して地位を確立します。スタイル的にはボビー・ブランド的なボーカルにB・B・キングを感じるギター・スタイルと言った感じです。強烈な個性と言った感じは無いのですが、どれも一流であります。
1962年に「ソー・ミーン・トゥ・ミー」、64年に「ブラインド・マン」がヒット、そして65年には「ウィア・ゴナ・メイク・イット」がR&Bチャートで1位となりました。
1972年にスタックスと契約し、74年には名盤「ブルーズン・ソウル」をリリースします。スタックスでは4枚のアルバムがあります。81年には彼が書いた「ウォーキング・ア・バック・ストリーツ・アンド・クライング」がヒットしました。アルバート・キングやココ・テイラーもやっています。
80年代にはいくつかのレーベルを換わり、84年にミシシッピ州ジャクソンの「マラコ」と契約します。私は2枚目の「I Will Survive 」3枚目の「ANNIE MAE'S CAFE」あたりを聴いていました(順番が逆かも?)。その後も91年にスロー・ブルースの名曲「TOO MUCH PAIN」があり、マラコでは晩年までリリースがあります。
60年代のチェス・レーベル時代では多くのヒット曲があります。順番でいくとスタックスの前の頃で、出世作とも言える「 We're Gonna
Make It」があるチェス時代のベスト盤。1997年に「 MCA 」から出されたCDですが、聴きやすい曲が多く、ブルース度は強くない時期です。
Greatest Hits (Chess 50th Anniversary...
70年代スタックスで結実したブルーズン・ソウル
Blues 'N Soul
スタックスの一枚目だったと思います。彼の代名詞となった「ブルーズン・ソウル」。かなり評価の高い作品で名盤です。ブルーズン・ソウルと言うタイトルがメンフィスと言う街のイメージも象徴してるような気がします。
刑務所ライヴ1983 featuring ラッキー・ピータースン
スタックスとマラコの間の1983年のライブです。キー・ボードにラッキー・ピーターソンが参加してます。
Annie Mae's Cafe マラコの3枚目くらいと思います。ミルトンは、チェス(チェッカー)時代、スタックス時代も好きですが、ずっと聴いているのはマラコ盤のこれ。ブランド、ジョニー・テイラーなどと共に、80年代後半頃のマラコはとても好きです。